白老の行軍に付いて、天幕の内に居ただけだ。
それにしてもあの強面共の中を掻い潜ってよくもまあここまで辿り着いたモンだと、
目の前のガキはキョロキョロと気味の悪い目で周りを見回しやがる。
(・・・九、十そこいらか・・確か白老にも同じくらいのがいるって聞いた事あんな・・孫か?)
「・・あれ?ここ、白老さまの天幕じゃないんですか?」
「見りゃわかるだろ。俺が白老に見えるか?」
「いいえ。」
間抜けな顔して受け答えはしっかりしてやがる。
いい服着やがって。イイトコの出だってのは一発でわかった。
「・・どうやってここまで来た。外に見張りがいたはずだが」
「白老に会いに来た、テンの友達で大王の側近である昌文君の子、寳子ですと言ったら微妙な顔して通してくれました。
後ろ付いてきてたから天幕のすぐ外にいると思います」
「オイオイあいつら・・」
つか白老に会いに来たっつってんのに何通してんだよバカが。
・・・まあいい。戦況も動かねえ、てか、守りの白老じゃ珍しくも無ぇ。
長い間の待機命令で飽きもきてる。
とすりゃ、こいつは誂え向きの玩具(おもちゃ)ってコトだ。
(寳子・・なるほどこいつが)
珍しい髪色と、ゾッとするような目を持つガキ。
これが曰く付きの、例のか。
暇潰しにはもってこいだ。
「・・・俺の名は桓騎だ。 なァ、『首斬り桓騎』って、知ってるか」
「あ!・・聞いたことあります」
「そうか。俺もお前を知ってるぜ。『紅寳』」
お。あからさまに嫌がるな。
もう少しつついてみるか。
「正式な武官じゃ無ェものの、ついてった戦場で派手にやらかしたって話は聞いた」
「・・・ ・・私にはまだ力が足りません。すると武具に阻まれない首を狙う。
・・でも首を刈ると血がたくさん出る。・・・血を浴びてしまいます。だから」
「当然だな。それでお前は敵を殺して生き残った訳だ。
むせ返る様な血と汗と熱気の中でぐちゃぐちゃと・・いいぜ。たまんねぇな」
「!?」
「ガキじゃなきゃ好みだぜ。
『紅寳』の何が気に入らねぇ。敵国まで轟かせて群雄割拠と粋がりゃいい」
「・・・・・・。」
「ビビらせろ。
侮る奴、嘲る奴。文句言いやがるクソヤローども全員、敵味方関係なくその綽名ふりかざしてブッ殺してやれ!
死人に口は無ぇ。何でもやり放題だ。憎しみ、遊び。目を抉ろうが切り刻もうが、それをどう使おうがな!!」
・・お。さすがに黙ったか。
ガキにゃ刺激が強すぎたかも知れねェな。
さァて・・人を殺し始めて暫くの、この経験の浅いガキからどんな大層な答えが出てくるか見物だな。
「・・・私は、仲間は殺しません」
「・・クソな『お仲間』はどこにだっているぜ?」
「本当に『クソ』ならば、その者は勝手に自滅するでしょう。
私の下にあってそれならば、私の力不足という事です」
・・・・フ。
矜持だの何だのを持ち上げて死ぬ、将軍サマみてぇな綺麗なお答えか。
「だから、私はあなたも殺しません」
「!」
「・・・・・」
「・・・ ・・。 そうかよ。ま、首斬りと首刈り。仲良くしようぜ」
「・・・・・」
なるほど。
「・・・嫌か?
俺は命乞いをした奴の首も平気で斬る。死体を弄ぶ。―――軽蔑するか」
俺を自滅する側の『お仲間』って言いてぇのか。こいつは。
「しません」
「・・・・」
「秦国に勝利をもたらす貴方は、心強い味方であり英雄だ。
・・例えそれが、どんなやり方であったとしても」
「・・・・。」
「私も人を殺しました。
正道、邪道に意味はない。・・人を殺す事に、違いなんてない」
ご大層な答えも、最後まで聞いてみるもんだな。
敵にも味方にも殺されねぇ。
だから俺が死ぬ時は―――――
「寳子!!!」
「テン!?」
(・・蒙、テン。か。こいつが白老の孫・・・)
「桓騎副将!進軍前の貴重なお時間にとんだ邪魔をいたしました!申し訳ありません!!」
「・・・いや、別にかまわねェけど?」だから話してんだし
「いえ!将軍や側近の身内と甘んじていただき恐縮です!早々に立ち去ります故、どうかご容赦ください・・!」
「う・・そ、そうか。そうだ。
申し訳ありませんでした桓騎副将。失礼いたします」
「おい」
「!は、はい!」
「お前じゃねえ。そっちの赤ヒラの男だ。・・お前白老の孫だよな?」
(?男??)
「・・・、 ・・はい」
「・・・なに急いでんだよ」
「・・・申し上げたように、早々に「退散してぇ。さ
せ て ぇ の は お前だよな?『テン』?」
「・・・・・。」
「・・・・・・」
「え・・と」
「おい『紅寳』」
「う・・ ・・寳子がいいです」
「寳子・・!」
「わかった、寳子。
・・なあ、俺は素直な奴が大好きだ。 つーワケで、白老の孫。」
ほらな。目つきが変わりやがった。
ガキの割に鋭い。
妙に傅(かしず)きやがって気に入らねぇ。
ついでに、お前が血相変えてまで逃がしたがったコイツが
お前にとってどこまで本性見せられる相手なのかも
教 え て く れ よ 。
「お前、コイツのお友達なんだって?」
「・・・はい」
「考えんな。友達だよな?」
「はい」
「お前コイツのこと好きだろ」
クク。おもしれぇ。
体面繕うガキほどおちょくって笑えるモンもねぇな。
つまんねぇ図体だけデケェ能無しや、お高くとまったジジイ相手よかよっぽどイイ。
「・・・・・。なんですか、それ」
「好奇心だ。
おら。副将サマが聞いてんだ。早く答えろよ」
「・・・友達なので」
「とボケんなよ。んなこと聞いてねぇってわかってるだろ昌平君のカワイガリが。
男としてこの女を滅茶苦茶にヤりてぇぐらい好きかって聞いてんだよザコが。
名家のガキなら厭(イヤ)ほどわかんだろ意味」
「・・・・・・いい加減に」
「はい。テンは私のことが好きです」
「!?」
「!」
「だ、だってテンいつも私にスキスキって言ってくる・・きます、から」
「(・・・・)ほー。ガキ同士わかり合ってんのか。色気づいてやがんな…
で?寳子。お前も好きなのか。」
「はい!テンは私と同じ子女で、名家ながらよく一緒に鍛練に励んでくれています!
よくふざけはしますが・・とても優しくて、いい子です!
なのでよくも男、男と・・さすがに副将でも失礼です。何をどう見たらテンを男などと」
ん?子女?
同じ・・自分。 寳子と同じ子女・・・・
・・・。
「ぶわっはっは!!!
はーーー!ケッサクだなオイ!!」
「・・・・・・・・」
「え・・・」
「クク。っはは!ハーーー・・・
名家の出は、どいつもこいつもイビツだって話だよ」
「・・もうよろしいでしょうか。桓騎副将」
「あ?・・ああ。そろそろ逃げの頃合いか?」
オイ。そんな軽蔑しきった眼で睨むなよ。
遊んでるだけなのに殺したくなるだろ。
「では・・お休み中、失礼いたしました。桓騎副将」
「気にすんな。また遊びに来い。
ヒマだったら相手してやる」
おっ。寳子の前に出やがった。
庇ってるつもりか?一丁前に男面しやがって。
女の皮被ってでしか近くに居れねぇザコが。
「あー、赤ヒラ。お前だけちょっと残れ」
「!?」
「わかりました」
願ってもないってソッコー寳子追い出しやがったな。
・・・お。いい面構えじゃねーか。何でも来いってか?クク
さァてと。
「・・何用でしょう」
「お前。守りすぎだ」
「好いた女を、テメェからも守ってどーすんだって言ってんだよ」
お。首落とされる村人みてぇに目剥いてやがんな。
バレてることにか?俺が気付いてることにか?
ま、どっちでもいいが。
「傷付けるぐらいでいけ。 ナカもソトも、全部に手垢をつけろ。
その代わり、お前以外にやらせんじゃねぇ」
「―――――――」
「何だ、マトモなこと言われて面食らったか?ん?
案外イイヤツだろ。じーさまの副将てのはよ」
「・・・・・」
黙りやがった。
クソかわいくねぇな。
「自分で気付いてよーがいまいが構わねぇけどな。 見た目以上に中身も女々しいから言っといてやる。
現状お前のスキ、ってのは。
そのイミが下の下まで落ちてるってことだ」
・・・その様子じゃ自分でも気付いてんな。
「下策だ。坊ちゃん」
バカを知ってバカをやるなら、それはただの馬鹿だ。
その馬鹿さえも知ってやるなら―――――クソにも劣る。
「桓騎副将」
「決意表明ならいらねェよ。
俺が言いたかっただけだ。お前は背中でも丸めてさっさと帰れ」
「俺の名は、蒙恬です」
ほう。
「・・・ちゃんと男の顔、できんじゃねーか」
「・・・男なんで。」
「クク!はは!!!
そーそーそれだよソレ!そんくらいの不敵不敵しさで来い。
あーだこーだと、テメェの為に俺を持ち上げてくる奴なんざ殺したくなる」
「一応体裁保たせてくださいよ。
じーちゃんのために。でないと俺が困る」
「フ・・ま、いいぜ。
桓騎軍は気さくな奴が多い。気楽にやれよ。 過ぎると死ぬがな」
「この軍は殺気と血気が凄いんでほどほどに警戒します」
「まぁ間違いねェな」ハハッ!
・・・なんだ。
男の面したからには何かあるってか。
イチイチ『視て』きやがるなコイツ。だが。
「・・・寳子に手出ししないでください」
「・・・お前の願いを聞いてやる義理は無ぇが?」
だからよ。
言ってるだろ。
「お前が先に手出しゃいいだけのことなんだよ。
ま、人のモンでも奪えば俺のだが」
「!アンタな!!!」
「おっ。威勢がイイのも嫌いじゃないぜ。
ただ、それも過ぎると殺されても文句言えねェから覚悟して言えよ?」
そうそう。弁える所は弁えろ。
それがここでの長生きの秘訣だ。クク。
「・・イイ女になったらマジでわかんねーぜ。
俺好みの―――血を浴びた肉になって・・そうだな。壊れてちゃ詰まらねぇ・・
壊れた事にも気付かない、ずっと壊れるサマを見続けられる玩具なんざ最高じゃねぇか。なあ。」
「っ・・!」
「だーから。嫌ならお前がどうにかしろよ。
ありゃ今後、『もつ』か わかんねーぞ」
だが正直
抵抗する気力もない、絶望に放り出された血濡れの体を組み敷いて
表情一つ変えず
あのゾッとする目が虚ろに俺を
――――ただ目前の『モノ』としか捉えないサマを想像すると
生きる屍を抱くのを想像すると。
「クックッ・・
・・・・・たまんねぇな」
「・・・・・・・。」
「ま、精々どーにかしてやるんだな。どうにかできるんなら。
あとお前らちょっとでも『進んだら』教えに来いよ。(こねぇだろーけど)(つかもう近付けさせねーだろーけど)
おもしれーからよ。」
「・・・ご助言、ありがとうございました」
「だから。心にもないこと言うんじゃねぇって―――」
「少しはあったんで」
「・・・まー、少しはな」すこしは
・・・入ってきた時よりかは清々しく出ていきやがった。
・・・・、
・・・・・・。
ブフッ!
「やべえ・・俺、親戚のオッサンみたいな絡み方したな!?ハハッ!
・・・ガキと絡むとこういう事あるからウザ・・ ・・・」
ま
おもしれぇってことにしとくか。
「テン!」
「寳子!」
「遅かったけど・・心配はしてない。白老じーさまの副将だから」
「もうそこから改めて欲しい・・」
「え?」
「も〜帰るよっ!」ヤバそうな人達ばっかだし!(小声)
「お邪魔しました!失礼します!」
「・・失礼しまーす」(遠目)
「・・・なに話してたんだ?」
「えー。やっぱ気になる?」
「なるよ!・・私の代わりに怒られてたのか?」
「あー、それは違うから誤解しないで。大丈夫だから」
「・・・しっかりしろってさ。」
「えっ」
「・・・ ・・あのさ寳子」
「・・うん」
「オレがもし寳子のこと傷付けたら・・・
・・・やっぱいい。」
「ええっ!?」傷って!
「オレは寳子のこと絶対に傷付けない!
・・絶対に。 絶対に優しくして、オレは・・寳子に幸せになってもらいたいから」
「・・・・。
・・・傷付いた」
「え!?」
「私は貴方にとって、そんなに遠い存在なのか?」
「な!ち、違・・寳子!」
「―――なんて、意地の悪い事を言ってしまった。ごめん。
でも、少し寂しい気持ちは本当」
「傷付けていいよ。蒙恬」
「っ ・・・・・ ・・・ 」
「貴方がつける傷は、きっと付くべくして付く。
・・でなければ私が余程のバカをした時だ」
「・・・・・・・」
「貴方が耐えられない傷なら私も受ける。だから、隣にいるんだ」
揺らいだ。
サイアク。
「・・・ ・・・あいつなら・・自分がいくら傷付いても・・
・・・どこまでも。 絶対に、寳子を傷付けないって、思えるんだろうな」
「?」
「王賁」
「ははっ!そうだな。 あの人は全部一人でやりたがるから。
きっとテンの事も守ってくれるよ」
「・・・・・・・・・・。」
「さあ帰ろう!迎えに来させる形になってしまって
すまない。
手持ちがあってね。丁度昼餉の時間だ、おごるよ。何がいい?」
「・・この前の戦で?」
「・・・。武官ではないから雑用で付いてっただけなんだけどね。
あれは前に出すぎた。敵に囲まれて、だから少し活躍できた。 その褒賞を、ちょっとね」
「・・・・うん。ありがとう。じゃあ、素直に与ろうかな」
「よかった!・・・。
・・武官になるという事は、こういう事なんだろうな・・」
「・・・・・
―――――なんか親戚の口うるさいオジさんって感じだった!」
「え!」
「桓騎副将!」
「そ、 ・・そう、なのか。
は、話が弾んだ、ということかな。何よりだ」
「まあね!!!」
「・・でも色んな意味で気を付けて、寳子。
ていうか、もう一人であそこ行かないって約束して」せめてオレも呼んで。(絶対行かせないけど)(とりあえず通して)
「え・・ああ、うん。わかった」目が怖い…
「・・・ね、寳子」
「ん?」
「手、つないで帰ろ?」
「・・・ うん!」
「ぁあああ〜〜〜〜〜〜!!!こ、これがお頭のいってたセイシュン・・!
お、オギコわからないっ・・おっぱいしか・・まだおっぱいしかわからないぃい〜〜〜〜!!!」はわわわわァ!
『うるさいオギコ』
190607 笑